以前里山の手入れを依頼して頂いたお施主様から、裏山の崖が崩れたので見て欲しいと連絡があり、現場へ。
現場を見てみると、大きな範囲で地滑りが起きていた。その裏山の基本的地質は砂や泥が地下深くで固まって隆起した砂岩・泥岩であり、地盤の強度としては脆い。砂岩・泥岩の岩盤層には水が浸透しづらい為、急激に降った雨が風化した表土と岩盤層の間に入り込んで流れ、表土を木々も含めて流してしまったものと思われる。
(斜面が滑り落ち、果樹園や畑を飲み込んで地形が大きく変わった。水の走った跡がいくつも残っており、家の裏の側溝には土砂が流れ込んでいた。)
(表土が大きく崩壊)
(流された木々はその場で既に根付こうとしている。横になった幹からは、重心を立て直すように垂直に芽が出てきている。こういう木々が崩壊後の地形の安定化にとって極めて重要な存在であると思う。)
(椎の立木が堰のように留まり、土砂を受けて流れを緩めている。この立ち木達のお陰で土砂の流れが大分抑えられたと見受けられる。以前切ってしまおうかと相談を受けて残しておくことにしていた椿の大木も、がっしりと土砂を抑えてくれていた!ありがとう。)
この地域では近所でも点々と斜面が崩れており、山肌が剥き出しになっている状態が散見された。地すべりとは様々な要因によって発生するが、自然界には常に安定した状態になろうとする力が働いている為、地すべりもまたその一部と考えられる。この自然からの問いかけにどのように反応するか?お施主様は最近公開となった「大地の再生 杜人」の映画を見られており、自然の働きに沿ってこの状況を治めたいとご希望であった為、水の創り出したこの新たな地形(フォーム)に応え、暮らしとうまく融合して更にこの地すべりというエネルギーを高め、安定化していけるような手入れをしていきましょうと合意。最小限の手入れで、最大限の効果を得られる方法を模索しながら復旧をおこなうことになりました。
一般社団法人大地の再生結の杜づくりで活動していた際、広島県や長野県で発生した大規模な土砂崩れの復旧作業に立ち会い、環境再生医である矢野智徳さんの指導の下、自然の創り出した新たな地形や環境に寄り添い、手入れをしていく復興の在り方を学びました。河川の氾濫も本来至って自然な現象であり、河川は常に竜の様に躍動しながら山から肥沃な土砂を運び、平地を潤しました。人々はその動きに呼応するように貯水機能を持つ田んぼを設け、屋敷林を構えて大水が出た時の水の流れを緩め、平地に住むことのリスクを最小限に保ち生活していました。大きな自然の力の恩恵を最大限活かす、生活の智慧がそこにはあったのだと思います。
勿論河川の氾濫は危険なことなのですが、自然とは本来そういうもの。オーストラリアの先住民は河川の氾濫が起きる前に住む場所を移動し、氾濫後肥沃な土が運ばれてくるとまたその地に戻り、周期的に移動しながら暮らしていました。今の私たちは住む場所を固定し、河川も氾濫しないようにと堤防を高くし、川の流れも直線化してきました。至る所に砂防ダムや用水ダムを築き、川の流れを不自然に変えてきてしまった結果、大水が本来の水の流れに沿わない部分、歪んだ部分、不自然な部分を解きほぐし、本来の在り方を人に示してくれているような氣がします。土砂災害に見舞われた方々には心からお悔やみ申し上げますが、大きな視点で我々はこの文明の在り方を見直していかないといけないのではないかと感じます。
道についても同様で、昔は人々の歩き道が尾根を中心に張り巡らされておりました。尾根道は人々が移動するにあたって最短の道であり、地形的にも硬い山の「棚」の部分を通っており、道幅も狭い為非常に安定した道です。その為、林業の作業道開設の時などに山を歩き回り、どこに道をつけようかと踏査する際、昔の道の場所を見るとやはり先人は道を付けるところをよく理解していたのだなと、しばしば感心させられます。
自動車の発達と共に川筋に道がつけられるようになり、道幅も大きくなって交通の便は良くなったように感じますが、川沿いの道は常に水の浸食を受ける為危険性が高く、特に川の流れの蛇行する部分では浸食が激しくなります。秋分の日の大雨でも多くの道が崩落しました。切り取り法高も高くなる為不安定です。また、川沿いの道はいくつもの沢水を分断していってしまうのも問題です。道路を横断する沢は地中に埋められた管を通って河川に流れ込むようになっている場合が多いですが、管の上流側は流木などで詰まりやすく、詰まった部分に大水の圧力がかかると道が抜け落ちたりすることが起こります。
現代の我々は利便性を追求してきた為に本来の水の働きを見失い、自然の理に叶った造作ができなくなってしまっていると思います。我々の生活のインフラは、常に高い浸食の危険性と絶え間ない修復を必要とする仕組みになっていることを肝に銘じておかなければなりません。とは言うものの、今のインフラがあるからこそ、そしてそれを支える様々な業者の方々がいるからこそ生活できていることも事実であり、これは大変有難いことです。今後人口は減少し、税金収入も減少し、集落を維持する担い手も減っていく中、我々がどのように生活の基盤を維持していくべきなのか、皆で一つ一つしっかりと検証しながら長い目で見て一番良い方法を共に考え、実践していきたいものです。
さてさて、今回の現場を詳しく見ていくと、土砂が流れた後の今の状態が見えてきます。立ち木の根が残り、比較的安定した部分は山の尾根の様に残り、緩く柔らかい部分に水が幾筋にも分かれて流れ、沢筋と同じ地形を形成しています。つまり、これは大きな視点で見た山河の地形のミクロ版であり、自然の原理はどんな場所にも、どんなスケールでも等しく働いていることが分かります。流れてきた土砂と木々はそれぞれに安定した状態で落ち着いていましたが、所々に枝葉が重なり風通しが悪くなっている場所があり、果樹園内の道も塞がれてしまった為動線もなくなってしまっていました。また、家の裏に掘られた側溝は土砂で埋まってしまい、次の大雨が来ると屋敷内に泥水が入ってきかねない状況に。
その為、なるべく最小限の手入れで最大限の効果を挙げられる様、①木々を剪定して風通しを確保、②土砂の移動・土留と通路の確保、③えぐれた水筋の養生と水の流れの安定化を中心に作業をすることにしました。この自然からの問いかけに対し、適宜的確に反応することで環境は育まれていく為、この環境と対話するような気持で作業をおこなわせて頂きました。
(画像の中央右側の 〉 をクリックするとスライドが変わります)
(通路を塞いでいた土砂を除け、歩き道を修復。切土の部分を丸太の木組みとその裏側に粗朶(そだ:細い枝や葉っぱ)を敷き詰めて空氣と水の通り道を確保しつつ表土の流出を防止。剥き出しの表土は我が家で作っている枝葉チップで養生。木々は伐採せずに安定する部分で剪定し、これからの土留に活躍してもらう。)
(今回できた水の流れる道は変えることなく、雨で造られた地形をそのまま活かしての復旧作業。次回以降の雨の際に地表流が流れ出す出口は木組みと粗朶組みで補強し、大雨の時には流速を落として水が流れ出す様、水の通り道は枝葉を敷き詰めて養生。いつまでも地表が剥き出しのままだと土が浸食されて乾き、硬く締まって種が発芽しないので、後継種の育成も兼ねている。)
(不安定な路肩には流れ出た木の株を移植。通路を塞いでいた土砂は果樹の根元に移動。その際に土の重みで果樹を苦しめぬよう、草刈りをしてから地表に粗朶を組み、重さを支える構造を作ってから土砂をのせる。こうすることで盛り土に空氣が通って団粒化しやすく、元の土に馴染みやすい。最後にたっぷりと刈り草マルチをして養生。一番多く水の流れる脈と側溝の接点には大きな点穴を掘って水を落とし、流速を緩めて土砂を濾しとる。)
(土砂崩れの後は蚊がびっしりと飛び回り、土砂を移動すると土中から臭いガスが沸きだしてきたが、一晩ガス抜きしたら非常に清々しい姿に変わった。今後地表に敷き詰めた枝葉が肥やしとなり、春に新たな木々が芽生えだす頃、また一層と落ち着いて力強くなった姿を見れることを楽しみにしている。)
今回は一先ず応急的な処置をとらせて頂いた為、これにて様子を見ていくことに。この後、さらに固くしまった土に通気浸透水脈を掘ったり、微生物を活性化する処置を施したりしていくと、更に木々は元気さを増してイキイキとしていくことだろう。土砂崩れが作ってくれた新たなガーデン。お施主様と共に今後も育てていけると良いなと思います。
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